現実って何だろう?
それは思っていることが映し出されたスクリーンかも知れません
斎藤一人さんのおっしゃる
「ついてる」や「ありがとう」を言っていると、ついてることやありがたいことが起こりますよというのも、そういうことではないでしょうか
そうすると
「思っていること」を変えれば現実が変わる
と言うことだと思いますが、その前に・・・・
今映し出されている現実とやらと言うスクリーンを、
よーーーく見てみる
すると、自分が何をどのように思っているのかが映し出されています
・金が足りない
と思っているのか
・他人に好かれない
と思っているのか、
・お金儲けは苦労する
と思っているのか
とにかく自分が思っていることがそこに映し出されているわけです
はい、それを変えればいいんですね・・・・
という話は簡単なのですが、思いを変えるというのもなかなか難しいわけです
みなさんは常識ってものをお持ちですしねぇ~(笑)
まずは何かを変えようとせずに、何を思っているのかを見てみる
ふーん、こんなこと思ってるんだ・・・・じゃ、儲かるはずがないわなー
なんて気づくかも知れません
そして気づいたら・・・・
次にすることは、ひとまず何もナシということにしておきます
単に気づくだけです
ふーん、そうなのかーー
ずっとお話をしている「体験する」ということがこれで完了するかも知れません
完了しないかも知れません
その後何かが変わるかも知れないし、変わらないかも知れません
現実に使い道があるとすれば、それは
自分が何を考えているか、どう思っているか
を知るということ「だけ」です
思っていることがストレートに反映されて映し出されているという前提で考えるならば、それをどうにかしようなどとしなくてもいいわけです
単に考えを映し出しているだけの現実というスクリーンの中で、それをどうにかしようとするから話がますますややこしくなります
良寛さんの言葉で印象的なのは、いつも
「ほーっ、そうか」
という反応をされることです
わたしたちも現実を見て、ひとまずは
「ほーっ、そうなのか~」でいいのではないでしょうか
現実とは思っていることを確認するだけに使えるものかも知れません
それ以上のことを期待して何とかしようとすると苦しみを生みます